2008年01月10日

咫尺を弁ぜぬ闇#224

最近、なぜだか、このらじろぐを書く気がありません。
あと1ヶ月くらいはそんな気は起こらないと思うので、3日に1度くらいの頻度で覗いているそこのあなた、とりあえず2月くらいまでは更新されてるかどうかなんて、いちいち確認しなくていいです。
わかったね?

posted by 溺愛 at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2008年01月02日

特になし#223

あけおめメールを一斉送信で済ませようとする友人たちに嫌気が差し
――僕は人生のサイズを感じた。

斜めにしてみたら何かが変わると思っていた元日
も終わり
1月2日です。

元日は24時間起きてました。前日の分合わせて言うと34時間ずっと起きてました。
今年は1月1日を丸ごと楽しみました。名誉あることだと思います。
今年は雨上がり決死隊宮迫が活躍します。
シリーズ化される映画に出演し、高く評価されます。
そして秋頃には本人も予想しなかったほどの地位を築き上げます。
これが当たらなかったら小笠原まさやはインチキということになります。
時間が経てば忘れるだろうからここにこうして記しておいたのだ。

あ、もう書くことないです。

posted by 溺愛 at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2008年01月01日

自分教#222

あけましておめでとうございます。
と言うが、何がおめでとうなのか。
全く理解不能だ。
こんな理解不能なことに17年間も付き合わされてりゃ、そりゃあ、あけおめーとか言いたくなる気持ちにもなりますよ。
あなたたちは、1872年の人たちのことを考えたことがありますか。
1872年、つまり明治5年は、太陽暦に合わせるため明治5年12月3日→明治6年1月1日としてスタートという。
年明けるまであと28日だなーと思ってたら、年末通り越して急に元日なこの気持ち、わかりますか。
カウントダウンも糞もないこの煮え切らない気持ち、大切にトランクにつめて。

ところで最近、私は新興宗教を信仰し始めた。
その名も、「自分教」というやつだ。
「信仰」とは、「不確実なもの(=神)へと全情熱をあげて自分自身を賭けること」だと現国の時間に先生が言っていた。
なぜなら、神というのはなかなか確信のいかぬものであり、その存在するかしないか定かでないものを信じることが宗教であるからだ。
その証拠に、人々は自分が既に信じきっているものは、常に「当然なもの」として受け取り、信仰などしないのである。
さて、ここで、「自分教」というものは、前述した「信仰」の定義に当てはめると、「不確実なもの(=自分)へと全情熱をあげて自分自身を賭けること」となる。
唯一神「自分」。
自分はなかなか確信のいかぬものであるから、自分を信仰して己を賭けてみようというのである。
自分が不確実な皆さんにも、これはおすすめの宗教ではないだろうか。
「自分教」。入信随時受付中である。

posted by 溺愛 at 04:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記